パワースポットの注意点 − 神社・仏閣について
2008 / 06 / 26 ( Thu )
 当院のブログ『鍼たま』では、パワースポットと称して、行ってみて気分が良い所を取り上げています。東京都内の庭園や公園などもありますが、神社・仏閣などもあります。神社仏閣に行き、そこの場所の雰囲気を楽しみ、ときに門前町を歩いて名物を食べてみる・・・そんな楽しみ方でしたらいいのですが、“パワースポット”と書いているので、読んだ方の中には、強力に夢の実現をしてくれるスポットと勘違いしていらっしゃる方もいるようですので、本日は神社・仏閣についての注意点を述べさせていただきます。

 神社仏閣と言いますと、お正月の初詣のように、お賽銭片手に“ご利益”や“願掛け”を思い浮かべると思います。
 しかし、このご利益信仰や、願掛けはあまり良いものではないと思います。
 その理由の先ず一つは、神様という神聖なものに対して、自分の願いを叶えて欲しいというのは、ずいぶんとおこがましく、自分さえ良ければいいという身勝手なものとなりがちだと感じるからです。身勝手な願いは、たとえ叶えられたとしても、それは反作用としてまた別の居心地の悪い情況を与えられてしまうように思います。
 そして次の理由は、願を叶えるためには、神頼みをする前に、まずは自分でしておかなくてはいけない現実的で具体的な対処をしておく必要がありますが、神頼みをしているうちに、神頼みが優先され、どんどん自分を見失い、その現実的対処を疎かにしてしまうことにつながっていくことがあります。やはり自分の努力がなければ何事も成就しないと思いますので、願を掛けすぎることはあまりよくないと感じます。
 そして最後の理由は、願掛けをしたときに、もし願が叶ったら、そのお礼参りを欠かしてはいけないという原則があるからです。軽い気持ちでお願いしても、重い気持ちでお願いしても、その願いが叶った場合、お礼をする必要があります。これは我々の社会でも同じことだと思うのですが、神社仏閣での願掛けもこれと同じようなことがあるようです。これはけっこう厳しいことのように思います。夢が叶ったら、その分の領収書が後から請求されることになりかねません。
 以上のような理由から、神社・仏閣では願を掛けたり、願い事をしないようにしたほうが無難と私は思います。

 では何をするか?と言いますと、日々生かされている感謝の気持ちを伝えることではないかと思います。神社の本殿にある御神鏡は、自分の心を移す鏡といわれています。自分自身の心を鏡に写し、どのように写っているのかを見ることが大切なようです。ちなみに私は、“ここにこさせていただいて ありがとう御座位ます”という程度のことを伝えるだけにしています。

かの剣豪・宮本武蔵が五輪書のなかで、次のようなことを言っています。

「佛神ハ貴し佛神をたのます」
(仏や神は貴いものだが、仏や神に頼んでしまってはいけない)

 神様という存在は、遠きにありて思うもの・・・。
 厳かな気持ちで、自分自身を見つめる場所であればと思います。そしてあくまで主体性は、自分自身にあることを忘れないようにしなくては・・・と感じます。


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