桑原岩雄先生を偲ぶ
2007 / 12 / 10 ( Mon ) 昨日は「桑の葉」を取り上げました。
そこで、桑つながりで、桑原岩雄先生のお話を・・・。 “桑原岩雄先生”の名前を見て、懐かしく思い出す方もいらっしゃると思います。以前このブログで駿台予備校の伊藤和夫先生を取り上げましたが、伊藤先生同様、桑原岩雄先生もまた、駿台予備校の先生で、長年古文の主任をなさっていました。私が浪人しているとき、桑原先生はすでに伝説となっていましたが、わずかながら週一こま授業を担当なさっていました。私は桑原先生の授業を受けたく、その授業を取りました。確かその講座名は、ずばり『桑原講座』という名前だったと思うのですが、奇しくもそれが桑原先生の最後の授業となりました。 あるとき私は受験勉強をする気がなくなりました。なんというのか、燃え尽きそうな感じでした。それも本格的な受験シーズンがやってくる直前の今頃です。適当な気分転換方法も知らない私は、いつの間にか精神的疲労が積み重なっていたのだと思います。誰にも話しもできず、救われたい思いで、桑原先生のいる講師室へ向かいました。今思うとなんであそこへ行ったのか、どうして桑原先生へ会いに行ったのか、全くわかりません。しかし、当時はそれが自分の心が求めているものだったのでしょう・・・。 講師室で出会う桑原先生は、とても崇高な感じでした。何といいますか、気骨があり、厳しさのある方でした。今こうしてブログを書いているときにも、その師の姿を思い出すと、熱いものが込み上げてきます・・・。 先生は、燃えつきかけていた私に、お臍の下にある丹田のお話をしてくれました。そしてそこに気を溜める呼吸法を教えてくれました。私の丹田に手を当て、そして背中や腰に手を当て、暗く元気を失っていた丸い背骨を正してくれました。 そして「大丈夫だ、大丈夫。こうしてしばらくしてしばらくゆっくり呼吸をしなさい。そうしたらまた身体に元気が戻ってきますよ。」と教えてくれました。今でこそ健康に呼吸が大切なことがわかりますが、当時は何も知りませんでした。しかし、桑原先生が教えてくれたことを思い出し、そのまま実践しながら、少しずつ気持ちを回復していきました。 『桑原講座』が終わり、私はその講座のテキストに、サインをいただきました。講師室でお話をさせてもらったあの時間と、そしてこのサインの入ったテキストは、今でも大切な私の宝物です・・・。 その後私は、なんとか大学に入りました。そして毎日の日々の記録を、詩という形でつけはじめました。 その日記のタイトルは“マルベリーブック”という名前だったのですが、略すと“桑の日記”です。これは、桑原先生のおかげで大学生になれたこと、そして、師に、一日一日を大切にして過ごすことを教えていただいたことによる命名でした。おかげで、大学の4年間は、とても充実したものになりました。 今日、ここにこうしてブログに書くことで、忘れていたあのときの気持ちも思い出しました。そしてまた、今日一日一日を大切にしていこうと思います。 桑原岩雄先生、ありがとうございます・・・。 【関連情報】 □ 父、桑原岩雄 桑原岩雄先生のご子息が作られているページです。 |
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小生も御茶ノ水校舎で昭和43年に御指導いただきました。とても上品で、いかにも学者らしい方でした。昔の盗人は逃走中のさなかにも歌を詠む風流さを備えていたと言って笑わせてもらいました。また、この世に無駄でないものなんてありますか?としみじみおっしゃったのを覚えております。