「分かる」こと
2006 / 06 / 29 ( Thu )
 研究会の講師をしていて難しいのは、相手がどのくらい理解しているのかと言うのを把握することである。
 授業中質問を受け付けるが、ここ最近生徒から「何が分からないのかが分からない」と言われる。こういうときの心境は勉強についていけない焦りや、これから先ついていけるのかという不安などで、ますます追い詰められたりする。しかしそういう中でこそ質問を考えていくようにしていかないと、臨床で自信を持って患者様に接することは出来ない。
 私も以前駆け出しの頃、師匠に同じように
「分からないのことが分からないんですが・・・。」といったことがある。すると師匠は、
「じゃあまず分かるって言葉を辞書で調べなさい。」とおっしゃった。そのとき師匠の治療室で聞いたのですが、そばにあった漢和辞典をぽーんと渡してくれた。そしてその場で辞書を引いて“分”と言う漢字を調べた。そこにはいろいろな説明が書いてあった。大本の意味は、“分かること”は“分けること”ということ。つまり、まずは分類して、整理することが大切なのだとそのとき思った。それから少しずつノートやテキストを整理して、“分ける”ことをはじめた。すると分からないながらもわかるようになってきて理解が進んでいった。
 臨床においても、その患者様がどのような状態なのかを診察することが基本になるが、その診察の際、東洋医学的に見て、五臓六腑のどこがどうなのかを“分ける”ことから始まる。
 こういうことは教えられるものではなく、自分から気づいてはじめてしみることである。気づくためのヒントは言えるかもしれないが、その先は生徒の感性にまかせるしかない。と、考えつつ今日の授業の準備をする・・・。


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