『対決 巨匠たちの日本美術』
2008 / 08 / 07 ( Thu )
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 2週間前くらいでしょうか、東京国立博物館で開催されている『対決 巨匠たちの日本美術』を観に行きました。そのときにいただいてきてチラシを、治療院の掲示板に貼っておりますが、このチラシを見た患者様から、「私も観に行ってきました〜。」という声をいただき、話に花が咲いたりします。

「お腹いっぱいって感じでした〜。」
「気がついたら5時間も経ってましたよ。」
という患者様の声があります。
 この声と同じように、私もとてもお腹いっぱいで、圧されるような作品群に圧倒されました。国宝、重要文化財はもちろん、その他の作品もとても素晴らしいものが一同に会しています。企画をされた方、準備をされた方のご尽力に頭が下がります。こんなにも素晴らしい作品を一挙に観ることができるなんて、本当に“地球に生まれてきて良かった〜”なのです。

しかし一方で、上述したご意見の他に、
「ちょっとあおってる感じはしますよね。」
「K−1じゃないんだから対決なんてね〜。」
というものもあります。
 確かに観ながら思いました。生きている時代が重なってない“対決”も多いのです。私は観ながら、「若冲が○○才の頃は、蕭白が○○才だろう・・・・ってことは、若冲の作品を観ているのかな〜?」「今みたいにマスメディアが発達してないし、写真もないし、そんな時代に他の人の作品を観ることはできたのかな?対決って何だ?」と、表題どおり“対決”になっているのか、少々疑問ではありました。
 そして美を追及するアーティストが、他者との“対決”という意識の下に作品を作り上げるのであろうか?という疑問も湧きました。私が思いますに、アーティストが作品制作に傾ける情熱とは、他者との“対決”というモチベーションが基になっているとは思えないのです。美への欲求を駆り立てているのは、心の底から湧き上がる“何ものかを表現したい”という、純粋な魂の要求なのではないかと思うのです。そこにあるのは“他者との対決”はなく、あえて今回の展覧会の“対決”と言う言葉を使うとするならば、それは“自己との対決”なのだと思います。今回の展覧会は、「若冲VS蕭白」という対立軸を作ることで、作品を並べており、それはそれで盛り上げてくれるものだとは思いましたが、それよりも、私は、個々の作者が、その作品を作るまでにいかなる対決を、自己の心の中で繰り返したのか、そしてそれを実現するためにどうやって技術を磨き、努力をしたのか、そういった背景を感じながら観覧させていただきました。

 昨日の自己を超える為に、今日も自己としっかり向き合い、自己といかなる対決をしたのか・・・。そんなことばかりでは疲れてしまいますが・・・(笑)しかしそれを研ぎ澄ましていくのがアーティストのアーティストたる所以なのかもしれないなぁ・・・と。


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