ある和菓子職人のおはなし
2008 / 07 / 01 ( Tue )
 実家の和菓子屋で、実に50年の長い間、和菓子職人として働いてくれた方が、今年亡くなりました。80歳を過ぎていました。毎日3時4時起きで、夕方まで仕事をしてくれました。仕事のハードさと、体力などを考えたら、大往生であったのではないかと思います。趣味らしい趣味はこれといってなく、ただ車が好きで、休みの日にはドライブに行ってくらいで、まさに職人らしい方でした。

 職人さんは歌手の八代亜紀の大ファンでした。ドライブに連れて行ってもらったとき、『雨の慕情』が繰り返し車内に流れていたことがあります。あるときその八代亜紀が、TV取材で工場(こうば)を訪れたそうです。普通でしたら大ファンですから緊張すると思うのですが、全く緊張することなく普段どおりに仕事をして応待したそうです。自分の憧れの歌手が、自分の作ったお餅を食べてくれるという・・・このときの気持ちはどんなものだったか、いつか聞いてみたいと思っていましたが、聞かずに終わってしまいました・・・。

 私はこの方に大変お世話になりました。家族の生きる糧であるお菓子を、丁寧に毎日作り続けてくれたことはもちろんですが、それだけではなく、仕事を続ける大切さを教えてくれました。あまり口数の多い人ではありませんでしたが、仕事をしている姿勢の中に、たくさんのメッセージがあるように思います。こうして今書いていると、そのときどきの顔が思い出され、なつかしく、そして私を励ましてくれています。

 この方が主に担当していた温泉もちというのがあります。柔らかい歯ざわりが特長のお菓子なのですが、この方は、最終的にこの温泉もちを、その日の温度や湿度などを考慮にいれながら、常に同じ状態のものに仕上げるまでに、技術と勘を磨きました。これは、日々の継続の中でようやく達成できる境地ではないかと思います。

 職人さんは、最初から和菓子職人になろうとしたのではなく、箱根のどこかで働いているところを、祖父が連れてきたようなのです。以来50年、ずっと働き続けてきました。実家で仕事をする前の話しをちらと聞いたことがありますが、「中途半端なことしてたよ」みたいなことを言っていたように思います。

 昨日司馬遼太郎のお話を引用させていただきましたが、そこに出てきた“職人”という言葉から、私は最も身近であったこの方のことを思い出します。思い出すと思わず涙が出そうになり、文章を書くことができなくなるので、断片的に思い出して書くことにし、まとまりは意識していません。今、自分が鍼職人として歩んでいるとき、少しでもこういった姿を見習いたいと思います。

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