こころを捉える(4) 心→意→志
2008 / 05 / 24 ( Sat ) 本日は、こころの作用の一つ目である「思考過程」について述べていきます。思考過程とは、ある物事や問題に対して、どのようにこころが判断し、解決していくかという一連の流れのことを指します。
すでにこれまでのブログに書きましたように、こころがもっている、この思考過程には、心→意→志→思→慮→智という段階があります。この一つ一つの段階を、『霊枢』の「本神(ほんじん)」を参考にして記していこうと思います。 心(しん) 何か問題が発生し、それを解決しようとするとき、先ず最初に、その問題を、“問題”として認識することから思考が始まります。これは、例えば熱いものに触れたとき、“熱い”という認識が最初に起こるのと同じように、思考もまた、外からの刺激として“問題”がやってきて、それに触れることで思考が開始されます。その最初の認識が「心」です。 逆に言えば、何か問題が発生しても、全く無関心であったり、無頓着であれば、心は動いていないこになります。 ↓ ↓ 意(い) これは、その問題への初歩の印象のことを指します。心が外界からの刺激として問題を受け止めたとき、それはもう外界のものではなく、当事者のこころの“中”の問題になります。問題が内面に入り込んだとき、それが良いもの、悪いものかという大まかな印象が立ち上がります。 「本神」の原文には、「心が憶するところあり、これを意という」とあります。つまり、記憶の“憶”が使われていますので、これまで自分がしてきた経験などの記憶の中のものと照らし合わせ、そこから生まれる最初の印象とも言えます。 ↓ ↓ 志(し) 志とは、明確な記憶のことを指します。意は、問題に対しての最初の印象でしたが、志とはより明確で、判断のよりどころとなる記憶、認識と言えます。前の意の段階では、まだ印象が曖昧であったのに対し、ここではさらにはっきりとした印象が浮かび上がってきます。 ↓ ↓ よりはっきりとしてきた認識が、さらに思→慮→智と進んでいきます。 その流れは、明日追っていきます。 ※ 以前表参道・源保堂鍼灸のサイト内にあるコラム『東洋医学って何?』においても、「心の動き」と題して書いたことがありますが、そちらと重なる部分もありますので、もしご興味がありましたらそちらもご参照下さい。 |
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