亀戸散歩の発見
2008 / 04 / 30 ( Wed ) 亀戸天神から亀戸中央公園まで足を運びました。
この日亀戸中央公園でフリーマーケットがあるというので、散歩好きな私としては、それをネタにしながら中央公園まで向かいました。とても陽射しが強く、明るい感じが、散歩を更に楽しませてくれます。 元来散歩は目標の地点だけ考えて、歩く道は“ザ・テキトー”です。ときに地図すらないこともある、ぶらぶら歩きです。こういったぶらぶら散歩は、歩いている道すがら、いろいろ発見をします。そういった偶然性がとても面白いのですが、この日も素敵な光景を見ることができました。 公園へ向かう道の途中、十字路を越えようとしたとき、公園への道とは違う方向に、何やらどうも面白そうな建物があります。そこの一角だけ古い感じの、映画のセットのような、下町風情を感じる空気が出ています・・・。立ち止まった十字路からは少し距離がありました。陽射しが強い中しょうしょう行くことにためらいも感じたのですが、こういうときは行くしかありません・・・。それが散歩です・・・。 ![]() 建物のそばまで来たところ、それは交番でした。そしてさらに廻ってみると、直ぐ隣には「亀戸水神」なるものがありました。この写真では少し分りにくいのですが、ちょうどこの交番と水神様が角にあり、ここを境に道が二手に分かれています。こういった二手に分かれる道は、何か人生の選択のようなものを感じさせるものですが、そこに情緒ある交番と、地元の人々を守り続けてきた水神様があるなんて、なんとも不思議な感じがします。この交番がどれくらい前の建物か分りませんが、交番の前に立っていると、映画『三丁目の夕日』の世界にタイムスリップしていく感じがします。 水神様をお参りしましたら、ちょうどリトル・リーグの少年達が境内を通過していきました。 ここにも生活があり、小さな風景があり、人の声が聴こえます。 ぶらぶら散歩で、不思議な空間に迷い込みました。昼間なのに、狐に化かされたような感じがします・・・。 |
藤まつり − 亀戸天神 −
2008 / 04 / 29 ( Tue ) 本日は亀戸にある、亀戸天神に行って参りました。亀戸天神は、『男はつらいよ』第10巻「寅次郎夢枕」で、寅次郎が告白を受けて腰から砕け落ちるシーンが撮られたところでもあり、まだまだ下町情緒が残った街でもあります。
4月20日〜5月6日の期間はここ亀戸天神で藤まつりをしていると言うことで、藤を見に足を運んでまいりました。正直なところ、藤まつりといってもそんなに大々的にやっているものとは思っていませんでした。風流に、ゆっくりと、そして『男はつらいよ』のワンシーンを思い出しながら藤を見やる、そんないなせな時間を期待していったのですが・・・・。 JR亀戸駅を降りたら既にたくさんの人が。駅前に集う全ての人が亀戸天神を目指しているわけではないと思いますが、かなりの人が繰り出しておりました。駅から亀戸天神までは少し距離があるのですが、道中歩行者天国のお店に目をやりながら、ぶらぶらと歩を進めて行きました。そして交差点を曲がったところからすでに人の波を感じるようになりました。人通りの数に比べて狭い歩道を行きかいながら、亀戸天神までたどり着きました。 しかし・・・境内へ向かう参道は長蛇の列・・・。参道入り口から見える太鼓橋の上の人は、ぴたりと止まったまま動きません・・・。そうなんです・・・もう、ほんとにすごい人でした。 結局参道を通って境内に行くことは諦め、途中途中で藤を見ることにりました。 ![]() 藤の下に立つと、藤の香りがしてきます。こんなにも甘い香りがするのかと思いました。確かにこれだけの数があると、見ごたえがあります。ついつい立ち止まりたくなりますので、流れが止まってしまうのも無理はありません。そして、亀戸天神の池には亀がたくさんいます。甲羅干しをしている亀や、プカプカ泳ぐ亀たちのユーモラスな姿を眺めているのも飽きません。周りはたくさんの人がいるのですが、藤を見やり、亀の姿を追っていると、周りを気にすることもなく、時間がゆっくり流れていきます。 5月6日までやっておりますので、藤と亀の姿に癒されたい方は、ぜひとも足をお運び下さい。 【関連情報】 □ 亀戸天神公式ホームページ □ 亀戸天神通り商店街 |
多肉の花
2008 / 04 / 22 ( Tue ) ![]() 先日ご紹介した100円ショップで購入してきた多肉植物が、赤い花をつけました。最近の気温の上昇で、機嫌を良くしてくれたのでしょうか。寄せ植えした他の多肉もぷりぷりと元気に成長しています。季節は夏へ向かっています。 |
ドーゼについて、を書きながら・・・。
2008 / 04 / 21 ( Mon ) ドーゼについてしばらく書いてまいりました。当初の予定では、ある程度書いたらドーゼの条件を箇条書きでまとめようと思ったのですが、まだまだ条件を変えると様々にドーゼの管理があるようで、今のところまとめるにはまだ時間が必要な感じがしました。後日また機会を見つけて書いていこうかと思っています。
こうしてドーゼを考察してみますと、鍼灸治療というのはほんとに繊細なものなんだなと、改めて治療者としても実感しました。 ドーゼの行き着くところは、患者様一人一人へのまなざしということになるのかなと思います。 それもそのはずです・・。一人一人、人間の身体は違います。生活環境も異なります。身体が大きな人もいれば、小さな人もいます。仕事の内容、食事の内容など、どれをとっても同じと言うことはありません。 西洋医学では、不思議と薬の量は一定なことが多いように思います。本来身体が大きければそれだけ薬の量も必要なような気がしますし、逆に身体が小さければ薬の量は少なくてもいいように思います。しかし、そのあたりはかなりアバウトな感じで処方されます。 一方の東洋医学は、このドーゼという視点からもわかるように、患者様一人一人の状態を診ながら治療の量を変えていきます。経過を診ながら治療をしていきますので、一人一人に会わせた治療ということになります。 ドーゼということから、東洋医学の治療の本質も見えてくるような気がします。 |
ドーゼについて(5) 鍼の速さ
2008 / 04 / 20 ( Sun ) 昨日はツボの深さとドーゼの関係についてお話しをしました。鍼灸治療では、ツボの深さを確認しながら治療を進めていきますが、鍼をするときにおいてもドーゼが関係してきます。鍼をして、鍼を抜く、この動作の中にもドーゼがあります。速く鍼を刺すことを速刺(そくし)といい、速く抜くことを速抜(そくばつ)といいます。この鍼の速さにもドーゼがあります。一般的には、鍼を長く入れておくとドーゼは多く、すぐに抜くとドーゼが短いと考えられています。また、ツボというものは、刺激を加えると直ぐに反応を現します。この反応を確認しながらドーゼを調整していきます。
明の時代に、高武(こうぶ)と言う医家が著した『鍼灸聚英(しんきゅうじゅうえい)』という古医書があります。これは『黄帝内経』や『難経』、そしてその後に現れた古医書『鍼灸甲乙経』などをも基にしながら、鍼灸治療を簡潔にまとめた書物です。この中にはツボも記されているのですが、ツボの位置、どれくらいツボに鍼をするのか、どれくらいの数のお灸をするのかが簡潔に記されています。 一方、同じ明代ですが、高武よりも一世代後に活躍した医家に張介賓(ちょうかいひん)と言う人がいます。彼は『類経』『類経図翼』と言った古医書を記しておりますが、この中で、『鍼灸聚英』について“ツボの位置、お灸の数などを簡潔に示しているが、病を治すにはそんな簡単に決められたようにはいきません。身体と病の関係をしっかりと把握しましょう。」と言っています。これは、単なるツボ治療に陥らないための戒めだと思います。 患者様の身体をしっかりと把握しながら、病を治す。病を治すためには、患者様の身体をしっかりと把握する。鍼灸治療、ドーゼ(刺激量)、ツボ、そして季節など、様々な要素が鍼灸治療には含まれています。 |
ドーゼについて(4) 鍼の深さ
2008 / 04 / 19 ( Sat ) 鍼灸治療には何よりも的確なドーゼ(刺激量)の管理が必要です。無造作にしているように見える治療には、患者様の状態を診ながら、様々な条件を考慮しながらドーゼの管理をしています。
その中の一つが、鍼の深さでもあります。鍼の深さはツボにもよります。3ミリくらいしか入らないようなところもありますが、1cm、2cmと深く入るところもあります。この鍼の深さにもまた、ドーゼという刺激量に関わってきます。 ツボとは不思議なもので、春夏は上の方にあり、秋冬になると下の方に入り込んでいきます。そしてさらに、患者さんの状態によっても深さは変ります。教科書のような初歩のものには、ツボの深さが書かれていることもありますが、臨床で鍼灸治療をしていますと、ツボは動いていることがよくわかり、毎回毎回の治療でツボの深さを見極めなければなりません。 一般的に、深く刺すとドーゼ(刺激量)が多く、浅いとドーゼは少ないと考えられます。しかし、ここでも多い少ないが問題ではなく、あくまで“的確なドーゼ”が大切になります。治療経過、季節、患者様の状態などを把握しながら、施術者の五感を頼りにドーゼの調整をしていきます。 |
ドーゼについて(3) 治療時間の長短
2008 / 04 / 18 ( Fri ) ドーゼは治療者の手によって、患者様の身体の変化を確認しながら決めていきますが、判断の目安がいくつかあります。その目安の一つが、治療時間の長短です。
一般的に、治療時間が長いとドーゼは多く、短いとドーゼは少ないといえます。先の「ドーゼについて」の中でも述べましたが、“治療時間が長ければ効くのか?”と言いますと、そうではなく、あくまで患者様の身体に合わせた“適切なドーゼ”が効く治療になります。 それでは的確なドーゼになる治療時間はあるのでしょうか? これも東洋医学の原典から考察する必要があります。東洋医学では、各臓器には、一日のうちで一番元気になる時間帯があるとされています。一日の時間を、古医書の時代には、100刻と定めました。今の24時間制に直しますと、一刻は14分24秒(1440分÷100=14.4分)となります。 このように紐解きますと、一つの気の巡りは14分24秒のサイクルで動いていることが分ります。このような理由から、治療時間は、原則この14分24秒を基準に行われます。基本の治療がこれ以上長くなりますと、ドーゼは多くなるということになります。「ドーゼについて(2)」のところでお話しをしましたように、ドーゼは少な目がいいということから考えますと、治療時間は基準の14分24秒よりも短くてもかまわないことになります。当院では患者様の体調を診ながら治療時間を調整していきますが、治療時間が短い場合は、その短い治療時間の方が的確なドーゼなので“効く”ということを意味します。当院の治療を受けていて、“前回は治療時間が長かったのに、今回は短かった。”(その逆なども)ということがありますが、これには“的確なドーゼ”という意味が込められております。 |
ドーゼについて(2)
2008 / 04 / 17 ( Thu ) 鍼灸学校では「ドーゼ(治療が与える患者様への刺激量)を多くしすぎないように。」と教わりますが、在学中にそれをはっきりと意識することはなかなか出来るものではありません。私自身も、鍼灸学校を卒業し、実践の臨床の中で初めて“ドーゼ”というものを意識するようになりました。ドーゼというものを意識して、まず自分の鍼灸師としての姿勢に気がついたのですが、それは、患者様一人一人の状態を見ていないことからくるのだということです。そして、それを判断する技術や学問がないことに気づき、今の本治法と出会いました。
ドーゼの難しいことの一例です。 例えばある患者さんが受け取ることができるドーゼを100%とした場合、その100%をフルに使用したらいいのか?と言いますと、これも難しいもので、100%よりも、少し余力を残した80%くらいがほどよい治療効果が出てくるようです。これは、20%の余力を持たせておくことで、患者様が残っている余力で回復起点を見出すということだと思います。 このように、治療効果を発揮するために、ドーゼという視点で見ていきますと、鍼灸治療は、“物足りない”くらいの刺激量の方が良いことが多くあります。当院で行っている本治法は、ドーゼを調整しながら行いますが、そのために、治療時間が短くなることもありますし、また、使うツボが少なくなることもあります。 ドーゼは数値で表れるものではないので、治療経過を見ながら、施術者の手を通して管理していきます。鍼灸治療は、とても微妙なものであることをご理解くださいませ。 |




















