穏田神社の狛犬
2008 / 03 / 31 ( Mon ) 原宿にキャット・ストリートという通りがあるのをご存知でしょうか?
明治通りと平行して、渋谷のほうから原宿まで続いている小さな道のことをキャットストリートといいます。車の進入が制限されているので、とても歩きやすい通りなのですが、それほど大きくもない通りに、大小様々なお店が並んでいます。このキャットストリートを含め、この通り周辺は、正式には「穏田商店街」と言う名前が付けられています。新しいお店が立ち並ぶ一方で、商店街という名前が示すように、八百屋さんやお肉屋さん、酒屋さんなど、“商店街”らしさがまだ残っているところもあります。 この商店街の名前「穏田」とは、キャットストリートの更に一本入った小道沿いにある「穏田神社」から由来していると思ってネットで調べたのですが、実はもっともっと深い歴史がありました。その歴史は最後にお話しすることにしまして、まずはこの「穏田神社」の散策のお話しから。 散歩をした日曜日は午後からあいにくの雨となりましたが、境内の入り口に咲いている桜がちょうど満開でした。 ![]() 実はここの狛犬が、とてもユーモラスなのです。ずんぐりむっくりした感じで、ウルトラQにでも出てきそうな、そんな変った風貌をしております。 まず境内の入り口で出迎えてくる狛犬がこちらです。 ![]() ごつごつとして、多面体を使ったキュビズム風であります。 そして、社の手前で待ち構えている狛犬がこちらです。 ![]() 細かい歯が並んで一瞬怖そうにも見えるのですが、よくよく見てみますと、どこかユーモラスだと思いませんか?なんだか笑っているように見えませんか? 現在キャットストリートのメイン通りは、地下に渋谷川という川が流れている暗渠です。 江戸時代にはここに水車があり、その水車によって精米が行われたそうで、その風景は葛飾北斎の浮世絵「富嶽三六景」にも描かれています。また、その絵が描かれる前には、徳川家康によって、この辺りには伊賀忍者が住んでいたこともあったそうで、忍者が住んでいる隠れ里ということで、「隠田」という地名になったそうです。そして「隠田」から「穏田」へと名前を変えました。 この穏田神社も、渋谷川のほとりに立って、その地域の鎮守の杜として大事に当時から受け継がれてきたのではないかと思います。 原宿、表参道と言いますと、最先端のファッションや、流行の発信地です。しかし、一本道を入りますと、こうした懐かしさとユーモアに出会える街でもあります。ぶらっと散歩をしながら、新旧二つの世界を味わってみてはいかがでしょうか。 【穏田神社の御祭神】 淤母陀琉神(おもだるみのかみ) 阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ) 櫛御食野神(くしみけぬのかみ) 【関連・参考情報】 □ キャットストリート |
総コレステロール値が低い人は死亡リスクが高い
2008 / 03 / 30 ( Sun ) コレステロール、低い方が危険=男性は高いほど死亡率減る−富山大など
血中の総コレステロール値が低い人は死亡リスクが高いことが28日までに、浜崎智仁富山大教授、大櫛陽一東海大教授らの研究で分かった。特に男性の場合、総コレステロール値が高いほどリスクが低くなる傾向がみられた。 大櫛教授らの別の疫学調査では、「悪玉」とされるLDLコレステロールで同様の傾向がみられた。 4月から始まる特定健診では、LDLが一定値以上だと受診勧奨となるが、浜崎教授は「コレステロールを悪者にする説はもともと米国から来たもの。米国は心臓疾患や肥満が多く、体質が違う。不必要な人まで薬物治療の対象になる」と懸念している。 同教授らは、コレステロールと死亡率に関する国内の疫学調査を検索し、「5000人以上を5年以上追跡」などの条件で5本の文献に絞り込み、延べ約17万3500人分を「メタ分析」という手法で解析した。 2008年3月28日20時1分配信 時事通信 いつの頃からか、日本の健康観の中にコレステロールという数値が上げられるようになりました。しかし、このコレステロールについは、まだまだ諸説あるようです。コレステロールが低いと血管がもろくなりやすく、特に微少な血管は影響を受けやすく、脳梗塞などにもなりやすいと言われていました。健康診断で“コレステロールが高い”と出ると、慌てて薬が処方される・・・。しかしその薬の効果が出ないこともあり、また、コレステロールを下げることで現れる他の症状は考慮されない・・・というように、コレステロールに関わる情報や治療などは定まっていないようです。これまで女性にとっては、コレステロール値が高めの方が長生きであるということは言われてきましたが、このニュースによりますと、男性にとってもコレステロール値が高いほうのが死亡率が減るということですので、コレステロール値そのものを見直す必要があるのではないかと思います。 最近ではメタボリックシンドローム(略してメタボ)という言葉が生まれました。メタボの検診も始まるようです。これ自体は悪いことではないと思いますが、このコレステロール値に関してのニュースに見られるように、新たな“数値”を作ることで起きる弊害と、メタボそのものについての定義や根拠を今一度考える必要がありそうです。 |
枕の方角(2)
2008 / 03 / 29 ( Sat ) 昨日のブログでは、古医書に書いてある枕の方角をいくつかまとめてみました。
その中で、“北は避けたほうがいい”ということが挙げられていました。一般的に、北に枕を置くことを“北枕”と言い、亡くなった人を北枕にすることから、北枕は忌み嫌うものと考えられています。この“北枕”は、どのような意味があるのでしょうか。科学的とまでは言えませんが、南北に枕を合わせる事の意味を考えてみたいと思います。 地球は、下の図のように大きな磁石になっています。方位磁石で北が示されるのは、この地球にある磁石のためです。 ![]() 北に枕を置くということは、頭を北に向けるということで、つまり磁力の方向に沿って寝るということになります。地球の磁力が、人間の身体にどれくらいの影響を及ぼすのか。この影響についてネットでいくつか見てみたのですが、今のところ私の理解出来る範囲で、納得できるものはまだ見つかっていません。しかし、たとえこの地球の磁力が微量なものであっても、我々の身体が、何らかの影響を受けていることは否定できません。東西南北に枕を置くことを比較しますと、磁力という面から見ますと、北枕と南枕ではその影響は真逆のものとなりますし、東枕、西枕はその中間ということがいえると思います。私自身、枕の位置を変えて寝てみますと、やはり感覚が違うように思います。 地球の磁力という面から見ますと、東西南北に枕を変えることは、睡眠に影響を与えることがあると思います。身体は微妙な変化による影響を受けやすいものですので、そういった意味では、東西南北で枕の位置を変えることも、睡眠の改善になる要素の一つになりそうです。 また、昨日のブログでは、春夏秋冬という季節に合わせる枕の位置も示しておきましたが、季節は、“太陽に対する地球の位置関係”つまり公転と関係してきます。この公転という面から見ると、季節に合わせて枕の位置を変えることも、一つの根拠に成りえるのではないかと思います。 “春眠暁を覚えず” 春の陽気の中でうたたねをするとき、枕の位置に気を配ってみてはいかがでしょうか。春の夢が、心地よくやってくるかもしれません。 |
枕の方角(1)
2008 / 03 / 28 ( Fri ) 睡眠は健康の基本の一つです。その睡眠について、一つ「枕の方角」という面から考察してみようと思います。
以前患者様から、「枕の方角って関係するんですか?」と聴かれたことがありました。そのとき、私は古医書でそういったことを読んだことがなかったので、科学的な根拠として考えられることをお話ししたことがあります。しかし、その後、古医書の幅を広げて読んでいるときに、目に入った記述がありましたので、それをまとめてみます。 いくつか見てみますと、1.よい方角と、2.避ける方角に大別できます。この大別を分類して見ていきます。 1. 枕のよい方角 (1) 季節によって枕の方角を変える a. 東・西に向ける 『千金要方』の「道林養性」という章に、「人が寝るときは、春夏は東に(頭を)向け、秋冬は西に(頭を)向ける」とあります。また、『老老恒言』という書物の中で引用されている『保生心鍳』にも、「寝るときは、春夏は首をよろしく東に向け、秋冬は首を西に向ける」と、同じようなことが書かれています。 この根拠は、『黄帝内経』の中にある、「春夏は陽を養い、秋冬は陰を養う」という考え方で、春夏は陽の気が上昇し、方位は東方を表すことから、そして、秋冬は陰の気が盛んになり、方角は西方を表すということから、それに合わせて枕をその季節の方角に向けるという考え方です。 b. 東・西・南・北に向ける 上述した季節による分類を、さらに春夏秋冬に分けて、枕の方角を決めるという方法もあります。 春は東、夏は南。そして秋は西、冬は北に配当されますが、この配当に従って、枕の方角も、春・東、夏・南、秋・西、冬・北に合わせる方法です。 (2) 季節に関わらず常に東向き (1)で挙げたものは、季節によって枕の方角を変えていく方法です。それに対して、こちらは、季節の巡りに関係なく、常に枕の方角を東向きにしておくというものです。 『老老恒言』の中に引用されている『記玉藻』という書物には、「寝るときは常に首は東に向ける。生気に順じて寝るためである。」と記されているようです。これは、東方が春を主り、陽気が昇るところ。さらに、頭は陽の気が集まっているところなので、東の方向で陽の気を補うという意味合があると思います。 2. 枕の悪い方角 (1) 北枕は避ける 『千金要方』の「道林養性」の章には、「頭は北に向けて寝てはいけない。」とあり、『老老恒言』の「安寝」には、やはり、「首を北に向けて寝てはいけない。陰気を避けるため。」という記述があります。これは、北の方が、陰の中の陰という陰の極まりで、そこに、陽の集る頭をもっていくことは良くないと言う考え方です。 以上、東洋医学の書物に見られる枕の方角を考察してみました。 現在の日本ではベッドで寝ている方も多く、また、布団を敷く際にも、いつも同じ部屋で同じ方角というように、一定の方角に枕を向けている方が多いと思います。しかし、こういった東洋医学の考えは、ひとつの養生学として伝えられてきたものでもありますので、一考してみてはいかがでしょうか。 |
映画 『アヒルと鴨のコインロッカー』
2008 / 03 / 27 ( Thu )
How many roads must a man walk down Before you call him a man? Yes, 'n' how many seas must a white dove sail Before she sleeps in the sand? Yes, 'n' how many times must the cannon balls fly Before they're forever banned? The answer, my friend, is blowin' in the wind, The answer, is blowin' in the wind. From 『Blowin' In The Wind』By Bob Dylan ボブ・ディランの名曲『風に吹かれて』が、神様の声として遠くの空から流れてくる。 しかし、そこには風が吹いていない。 締め切った窓、そして明かりのついていない部屋。部屋の中は、息苦しいほど風の流れは止まっている。風どころか、空気の動きも感じられない。しかし、そこに流れる歌は、『風に吹かれて』。風が吹いても見つからない答えなのに、頼みの風も止まってしまっては、答えは全く糸口を見出せない。 新しい学生生活を仙台で送ろうと、東京からやってきた椎名。引越し荷物を整理する。整理するときに口ずさむ曲は、『風に吹かれて』・・・。 風に吹かれて、二人は出会い、そして、物語が始まる。 杜の都・仙台を舞台に繰り広げられる物語。 椎名は引っ越しそうそう、隣に住む「河崎」と名乗る青年に声をかけられる。新しい大学生活に胸を膨らませているとき、唐突に、そして親しく話しかけてくる河崎に戸惑いを感じながらも、徐々にその周囲に流れる物語に取り込まれていく・・・。そしていきなり河崎は、椎名に『広辞苑』を盗もうと提案する。何を言ってるんだこの人はという驚きの視線で椎名はもちろんその申し出を断る。しかし、河崎は椎名に自分の物語を語り、徐々に自分のペースへと運んでいく。椎名はその物語の主人公の一人として、少しずつ、少しずつ、不思議な世界に入っていく・・・。 この映画のキーワードは、「物語」。そして、主題歌である『風に吹かれて』。錯綜していく物語の中には、いくつもの複線が引っ張ってあり、映画後半では、紐解きと共に、見ている側の物語の紐も揺さぶられます。思わず引き込まれる展開です。映像も、“風”が流れ、時が流れ、印象的な色をしています。 どれだけ歩けば 大人になれるのだろう? いくつの海を渡り歩けば ぐすっすり眠れるのだろう? どれだけ大包が鳴り響いたら 弾丸は永遠に無くなるのか? その答えは 友達である風 風の中にあるのさ その答えは 風が知っているのさ |
『ライブ帝国 RCサクセション70’s』
2008 / 03 / 26 ( Wed )
『忌野清志郎・完全復活祭 in 武道館』のライブレポートを書いてきましたが、自分自身、改めてRCサクセションが好きなりました。そこで、いろいろ調べていたら、RCサクセションの初期の映像を集めたDVDが出ていることを知りました。 フォークトリオでデビューした初期のRCサクセションは、「ぼくの好きな先生」をスマッシュヒットさせましたが、その頃、RCサクセションは、毎週、TVK(神奈川テレビ)でやっていた「ヤングインパルス」という番組に出演していました。このDVDは、そのテレビで放送された映像を集めたものです。テレビ用の映像ということで、とても状態のいい映像と、音です。清志郎のほとばしる汗、破廉ケンチの激しいリードギター、林小和生の朴訥とした表情など、全てがしっかりと映し出されています。デビュー間もないので、おそらく18歳だと思いますが、あまりに早熟な天才性を垣間見ることができます。 もし自分が当時のRCサクセションを見たら、どんな風に見ただろうと、ふと考えます。お世辞にもルックスはいいとはいえない・・・。歌詞もフォーク調ではありながら、どこか皮肉たっぷりで、歌い方はシャウト・・・。当時は吉田卓郎、かぐや姫といった四畳半フォークと呼ばれるものが流行っていましたが、明らかにその流行とは異なる異才を放っている三人に、どれだけ共感できたでしょうか。 このDVDに納められた映像、楽曲はどれもが見ごたえ、聴きごたえがあるものです。 その中でも、私が驚いたのは「冷たくした訳は」。これは、RCサクセションの『シングルマン』というアルバムに入っているのですが、このアルバムでは、エレクトリックギターによる少しにぎやかな感じがする曲です。個人的に私は、ある時期この曲が一番好きなときがあったのですが、リズミカルなところと、急に入り込むリードギター、そして言葉のリズムがいい曲です。そんなお気に入りの一曲であるこの「冷たくした訳は」が、初期のものだとは知りませんでした。アコースティックギターで演奏される「冷たくした訳は」は、『シングルマン』のような派手さもなく、楽曲をうまく表現できないまま苦しそうに歌う清志郎が印象的です。おそらく当時のRCサクセションは、フォーク編制であったため、自分たちが表現したいものを、その枠の中を超えて表現することができなかったのではないでしょうか。本来もっているモチベーションを、アコースティック・フォーク編制で演奏するには、あまりにも無理があり、すでにその枠を3人の才能が超えてしまっていた・・・ということが分ります。 このDVDでの見所は、RCサクセション初代リードギターの破廉ケンチの演奏でしょうか。 荒削りなリードギターではありますが、そこから奏でられる独特なフレーズは、あまり聴いたことがない世界です。時に激しく、時にリリカルに、時に切なく。 もしこのまま破廉ケンチがRCサクセションのリードギターとして所属していたら、RCサクセションはどうなっていたのでしょうか?もし破廉ケンチがリードギターを続けていたら、その後の仲井戸麗市の加入はなく、同時にそれは仲井戸麗市と共に作られた数々の名曲が存在しないことになります。しかし、もし破廉ケンチが存在したら、また全然違った名曲が生まれたいたかもしれないと思う、そんなスリリングな想像に浸れる名DVDです。 |
























