季節・一日・一生
2006 / 09 / 30 ( Sat ) 季節の巡りと身体の関係をお話して来ました。もう一度その表を載せますと、下のようになります。
春 − 生(発生すること) − 芽が出ること。 夏 − 長(繁茂すること) − 葉っぱを広げて伸びていくこと。 土用 − 化(各季節を完成) − その季節を完成し次に受け渡す。 秋 − 収(収斂すること) − 葉っぱを落とすこと。 冬 − 蔵(蓄えておくこと)− 種の状態。 この春・夏・土用(もしくは長夏)・秋・冬は成・長・化・収・蔵という季節の働きがそれぞれあります。この時間の単位は全体で一年です。これを一日のサイクルに当てはめてみますと、朝・昼・夕方・夜ということに、それぞれやはり朝目を覚まして、昼は活発に活動し、夕方から夜にかけては休息する、という四季と同じようにサイクルを割り当てることが出来ます。 さらにこれを人間の一生に置き換えてみますと、幼児期・青年期・円熟期・老年期と配当するができます。幼児期には知能を発達させ、身体を作る季節、そして青年期はその資質を思いっきり伸ばしていく、そして円熟期からは後進の指導など、次の世代へ引き継ぐことが大切となります。 このように、東洋医学・東洋思想で考えているこの季節の巡りというものは、一日、一生というサイクルにも当てはめることが出来ます。この季節の巡りをもう一度見直してみますと、一日の過ごし方も理解できてきますし、一生を通してのライフサイクルも見えてくるものがあるのではないでしょうか。表参道・青山・源保堂鍼灸院には、赤ちゃんからおじいさん、おばあさんまで幅広い年齢がいらっしゃいます。この陽に幅広い年齢の患者様と接していますと、人間の一生というライフサイクルについて思うことが多々あります。 こういったところでも、東洋の知恵が活きていることを実感しています。 |
秋の主気
2006 / 09 / 29 ( Fri ) 昨日のブログでは季節の巡りと身体が密接に関係し、東洋医学はその密接な関係を身体の治療に活かしている、ということを書きました。昨日現わした表を再び出してみますと、以下のようになります。
春 − 生(発生すること) − 芽が出ること。 夏 − 長(繁茂すること) − 葉っぱを広げて伸びていくこと。 土用 − 化(各季節を完成) − その季節を完成し次に受け渡す。 秋 − 収(収斂すること) − 葉っぱを落とすこと。 冬 − 蔵(蓄えておくこと)− 種の状態。 ここで注目していただきたいのが秋の季節の働きである「収」の括弧の中に記した“収斂(しゅうれん)”という言葉です。収斂という言葉は耳慣れない方がほとんどではないでしょうか。収斂の【斂(レン)】の字は、あつめる、徴収する、おさめる、という意味になります。つまり、収斂という言葉の意味は、“おさめる”ということになります。 またこの収斂の他に、秋の気のはたらきを示す言葉として、【殺生(さっしょう)】という言葉があります。秋は五行で言うと金に配当されまして、金は刃物にも通じます。ですので、この「殺生」という意味は、刃物で“殺し生かす”ということになります。 この【収斂】と【殺生】という二つの言葉で表現される秋の気ですが、果たしでどのような意味があるのでしょうか? この季節、植物は葉を落としていきます。まさにこの落葉の現象を古医書の人々は【収斂】【殺生】という言葉で表現したのです。 それでは自然界の植物はどうしてこの時期に落葉するのでしょうか? それは冬に向けて実を結び、子孫である種を作るためです。もし夏のように葉っぱが沢山ついたままですと、栄養分は葉っぱにとられてしまい、実や種に栄養を送ることが出来ません。植物はこの秋の気の到来を感じはじめると、自ら葉っぱを落として栄養を実や種に集中しようと努めていきます。この作業を人工的に人間が行なう作業を剪定といいます。 このように自然を観察してみますと、葉っぱを落とす剪定作業が【殺生】で、そこで出来た栄養をより少数の実に収めることが【収斂】ということが分ると思います。 夏から秋にかけての季節の変化は、それまでの夏が、枝葉を伸ばして葉っぱを増やして広げていくことが主であったの夏の気から、その現象とはまったく逆に広げすぎた葉っぱを落としていく秋の気に代っていく変化となりますので、これは身体にとっても大きな変化となるわけです。 このような季節の巡りと身体の変化を観察しながら、より季節に適合した身体にしていこうとするのが当院の施術する「本治法」の目標の一つです。季節に身体が沿っていくということは、身体が自然と同調している状態、つまりそれが無病の証でもあるからです。 |
主気と客気
2006 / 09 / 28 ( Thu ) 東洋医学は様々なファクターを考慮に入れて身体を診ていきます。
その一つが季節の流れです。これは天地人は相関して影響しあって動くという東洋思想からの発想から生まれたものです。この季節の流れに則っていることは、無病であり、季節の流れに乗れないことは病と考えることができます。 この季節の流れと身体の状態は、植物の一年のサイクルにも喩えられています。これをまとめてみますと以下のようになります。 春 − 生(発生すること) − 芽が出ること。 夏 − 長(繁茂すること) − 葉っぱを広げて伸びていくこと。 土用 − 化(各季節を完成) − その季節を完成し次に受け渡す。 秋 − 収(収斂すること) − 葉っぱを落とすこと。 冬 − 蔵(蓄えておくこと)− 種の状態。 このように各季節には各季節の働きがあります。この働きについていくことが健康には大切になります。たとえば冬の時期に春のように芽を出しますと、その新芽は寒さで凍えて成長が出来ませんし、場合によっては寒さで枯れてしまいますので、このようなことは避けなくてはいけません。 このような各季節がもっているはたらきを「主気(しゅき)」と呼びます。 しかし毎年「今年は暖冬だった」「今年は冷夏だった」というように、その季節の主気が順当に現れるわけではありません。このように順当ではない主気は、自然化や人間の身体に影響を与えます。たとえば冷夏であれば、実がうまくならないために昔でいうと飢饉ような状態になります。このように、悪い影響を与える場合は順当ではないので「客気(きゃっき)」と呼びます。 主気と客気という考え方を導入し、身体を診ていきますと、体が季節の流れについていっているのかが分ります。病気があるわけではないが、何故か季節の変わり目に調子を落とす方などは、この季節の変化についていけないことが多いという事が分るわけです。特にこの夏から秋への変わり目、そして冬から春への変わり目は大きな変化ですので、特に注意が必要となります。 このように、季節の流れを考慮に入れた東洋医学・鍼灸治療は、季節の変わり目に調子を落とすような症状がある場合は、治療の適応となります。 天高く馬肥ゆる秋、スムーズな季節の移動をしたいところですね。 |
『男はつらいよ』 第四十二話 ぼくの叔父さん
2006 / 09 / 27 ( Wed )
『男はつらいよ』を第一話から観続け、ようやく四十巻を越えました。『男はつらいよ』は正式には第四十九話までありますが、第四十九話は渥美清没後に作られたもので、さくら(演・倍賞千恵子)と博(演・前田吟)の息子(演・吉岡秀隆)が主人公です。渥美清が出演するものとしては第四十八話までとなります。 四十巻を越えたあたりから、さすがの寅さんの姿にも年齢を感じさせるようになります。移りゆく時代の中で、変わらぬ格好は、かえって宇宙人のように際立ってきているようにさえ思います。 長きに渡る車寅次郎の旅もいよいよカウントダウンとなっていきます・・・。 この第四十二話からは恋の主役は満男に移ります。車寅次郎は満男の恋の指南役、人生の指南役となります。寅さんを主役にしながら満男も引き立てるこの演出はとてもうまいなと思います。 この第四十二話の見所は、最後です。 佐賀への旅からバイクで帰ってきた満男を、寅屋のみんなやたこ社長を初めとするおなじみの面々が出迎えます。緊張する父親・博に、やさしく迎えようとする母・さくら。このシーンの最中にたこ社長が「よく言ったもんだよな、かわいい子には旅させろって!」といいますが、まさにここでは旅を通して成長した満男を迎えんとする場面です。 この場面は、涙、涙のシーンです。 帰ってきた満男をみつめる母・さくらの表情、そして新聞に目を落としながらも少し涙目になる父・博。このさくらの表情がたまらなく切ないのです。 そしてそんな中、“ぼくの叔父さん”である車寅次郎から電話がかかってくる。満男を迎える皆の安堵と歓びで沸き立つ寅屋。しかしその喝采とは対照的に、寅屋でさくらが手にする受話器の先には、一人赤電話の前でたたずむ寅さんの姿・・・。 さくらは受話器に向かって嬉しそうに寅さんに話しかける。 「みんないるわよ、おいちゃん、おばちゃん、社長さん、裏の工場のゆかりちゃん、びんごやさん、さんぺいちゃん、源ちゃん、博さん、もうお店いっぱいの人よ〜 どうしておにいちゃんここにいないの〜」 そしてたこ社長が、 「いないのは寅さんだけだよ〜!」と。 さくらは「聴こえた?」と寅さんに聞き直す。 そしてたこ社長が 「たこだよ〜〜!!」と受話器の向こうの寅さんに大声で叫ぶ。 そして画面は寅さんの姿へ・・・。 お正月間近の寒い冬の中、寅さんは一人で受話器にありったけの十円玉を投入している・・・。そして照れくさそうに、口は悪く寅さんらしく受け答えし、 「そうだよ、旅をすれば人間誰でも賢くなる。」と答える。 寅屋の喧騒を聴いているうちに、用意していた十円玉は尽きてしまう。そして車寅次郎の旅が再び続いていく・・・。 この四十二話作られたとき、誰もが“丈夫で長持ち”だけがとり得の主人公が亡くなるとは誰も思っていなかったはずです。しかし、今思うと、この辺りから車寅次郎自身のカウントダウンが始まっていたのです。そのことを思いながら観ると、この場面は涙無しでは見れないのです。寅さんが永遠に愛される理由が、再びわかったような気がします・・・。
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丹波哲郎と東洋医学
2006 / 09 / 26 ( Tue ) 丹波哲郎氏が亡くなったというニュースをネットで読みました。刑事ドラマ『Gメン75』を観ていた頃が懐かしく思い出されます。『8時だよ全員集合!』がかとちゃんの「歯磨けよ〜」「また来週〜〜」のフレーズとともに終わると、その次は『Gメン75』でした。親に早く寝なさいと怒られながらもずるずると夜更かしをして時々見ていたように記憶しています。
この『Gメン75』が人気を博していた頃、丹波哲郎氏はスピード違反か何かで警察に呼び止められたそうです。そのとき丹波哲郎氏は、「オレはGメンだ!」と言い放ったというエピソードをきいたことがありますが、これは本当だったのでしょうか・・・。 さてこの丹波哲郎氏と東洋医学の接点を見ていきます・・・。 日本現存最古の医書として『医心方(いしんぽう)』という書物があります。平安時代に書かれた書物で、これは隋唐から入ってきた医学書物の集大成的な本です。この書物が朝廷に献上されたのが、永観二年(994年)のことでありました。この『医心方』の著者が丹波康頼(たんばのやすより)です。 この丹波康頼の系図を辿っていくと、中国・後漢の霊帝の子孫で日本に帰化した阿智王(あちのおみ)につながり、阿智王から数えて8世の孫が丹波康頼とされています。丹波康頼は針博士・医博士となり、丹波の宿禰(たんばのすくね)の姓を朝廷より賜りました。 『医心方』は全30巻の膨大なもので、宮廷医学の秘蔵の書物となり、これ以後長く秘蔵され、幕末に丹波康頼の子孫である多紀氏が刊行するまで一般の医家の目には触れることがありませんでした。内容は薬物・養生・房中などが主なものであり、陰陽五行論や脉などの多くは入っていません。この『医心方』の功績により、丹波家は医家としての地位を確立し、宮廷医療を掌る役目を約900年間務めることになります。 その後もう一方の宮廷医療の雄である和気氏とさまざまに駆け引きを続けていきながら、丹波家(多紀家)は幕末過ぎまで『医心方』を守ることになります。丹波家は江戸の末期から幕末まで、『素問識(そもんしき)』『霊枢識(れいすうしき)』などを現わした多紀元簡(たきもとやす)、それを受け継いだ多紀元堅(たきもとかた)など、その後の考証学派となる系譜を輩出していきます。 そして明治前期にはその子孫である丹波敬三(たんばけいぞう)という人が、東京薬学専門学校(現・東京薬科大学)の校長となりますが、この丹波敬三の子供が、日本画家として著名な丹波緑川(たんばりょくせん)。そしてその子が丹波哲郎氏であります。 丹波哲郎氏の先祖を辿っていきますと後漢まで遡るというわけです。そして脈々と続いた家系は、この日本の医療に大きな足跡を残した歴史があります。あの鋭い目つきや渋い声、あの貫禄は、この歴史のスケールを物語っているかのようでした・・。合掌。 |
栗
2006 / 09 / 25 ( Mon ) 最近空が高く、秋の気配がいっそう増してまいりました。
芸術の秋、スポーツの秋、そして食欲の秋。秋は冬に向けて身体も貯蔵に向かう季節です。そのためか自然界ではおいしいものが増えてきます。 今日は秋の味覚である栗のお話です。 『本草綱目』によりますと、 【主治】益気.厚腸胃.補腎気.令人耐飢.生食治腰脚不遂.療筋骨断碎.腫痛お血.生爵塗之.有效. とあります。 「気を益し、腸胃を厚くし、腎気を補す」と最初にありますが、まず「気を益す」というところから、栗は体の動力源である気を益す食べもだということが分ります。 そして、「腸胃を厚くする」というところから、胃腸の働きを助けることも伺えます。この場合厳密に言えば、「胃腸」ではなく、「腸胃」という表現になっていることを考えますと、体の中側から助けるということになります。 そしてさらに「腎気を補す」とありますように、栗は腎に良いことが分ります。腎は先天の気が納まっているところですが、この先天の気とは、自分の持っている生命力のようなものを指します。このことから、「腎気を補す」ということは、栗は先天の気を持つ腎を助けるということが分ります。 先天の気は、胃腸から送られる後天の気(飲食物が消化・腐熟されてできた栄養素)で補充されていますので、「腸胃を厚くし」「腎気を養う」ということは、先天の気と後天の気の両方を補うことになります。 さらに「生で食べると腰脚がうまく動かないのを治す」とかいてありますが、この腰は腎に配当され、脚は胃経・脾経が走っていますので、腸胃と解釈できます。ここでも栗は先天と後天によい食べ物であることを示しています。 以上のように、栗はとても健康にいい食べ物ということが分ります。秋の味覚としての栗は、体の腎と腸胃に効く食べ物だと思いながら食べてみるのはいかがでしょうか。 |
東洋医学と数&『博士の愛した数式』
2006 / 09 / 24 ( Sun )
ある脳の機能障害で短期記憶が80分しか続かない数学博士の物語。『北の国から』でお馴染みの吉岡秀隆氏が高校の数学の先生役でこの物語のストーリーテラーとして話を進めていく。数の不思議、数の神秘的な姿をやさしく解いてくれます。数という世界を通して人間の一面を語る映画です。 大学受験のとき数学も必要だったので、数学もある程度勉強しました。しかしどうしても理解できなかったのが“虚数”。この映画の中でも“虚数”が出てくるのですが、この映画をそのときに見ていたらもっと分りやすく理解できたのになあと思いました。 我々は生まれたときに生年月日という数を持って生まれてくる。そして靴屋に行けば自分の足のサイズを数で店員に伝える。ありとあらゆるところでこの“数”が付きまとっている。いったい数とはなんであろうか。数というものの存在に気づいた時の人間は、どのような驚きや発見があったのでしょうか。人間の脳は時代を追って進化をしてきて、今現在も進化を遂げているといわれていますが、この数の発見はかなりのインパクトを人間の脳に及ぼしたのではないでしょうか。 東洋医学、東洋思想でも数はとても大切です。私が治療の基本に置いている一つの理論である運気論というものは、まさに暦という数の世界であり、その数の世界を天地人の動きに結びつけた画期的な知見です。 古医書・中国古典を読むときに意識する数というものを考えてみる。 1 → 混沌(体の全体像・小宇宙としての人体) 2 → 陰陽(男女・左右・臓腑など) 3 → 天地人(三焦など) 4 → 東西南北(四立(立春・立夏・立秋・立冬)など) 5 → 五行(木火土金水) 6 → 三陰三陽(経絡の発生) 7 → 七星(奇経) 8 → 八網理論(病の分析) 9 → 九宮八風篇(体質など) このように数で東洋医学をまとめると、また面白い見方が出来るのではないでしょうか。 ※ それぞれについては各論が必要ですので、より深いところは割愛させていただきます。今回はこのように数というものが東洋医学・東洋思想の中でも重要な理解の鍵となっていることを知っていただきたいと思います。 参考
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